吉生と峰寺山(昔話13)

 石岡市吉生(よしう)には関東の清水寺とも称される峰寺山西光院があり、ここの欄干から八郷盆地から遠くの方まで見渡すことができます。

この吉生(よしう)には、この吉が生まれる場所という名前がついた謂れが残されています。

この寺は筑波山の中禅寺(今の神社や大御堂も基になった寺)を建てた高僧徳一がこの峰寺山の中腹に登った時に西の方に光がさしているのを見つけ西方浄土を祈願してここに寺を建立したという古くからの信仰のあるお寺です。

 いつ頃からのことだかわかりませんが、この寺は馬や牛の無病息災を祈願する信仰がありました。
ご本尊も馬頭観音です。

昔々、ある日ここにお殿様が奥方(妻)と参詣に訪れました。

しかし、上り坂の途中で奥方が急に産気づいてしまい途方に暮れていた時に、村人が近くの清水を汲んで来て飲ませると痛みは治まり、その後無事に安産で元気な子が生まれたのでした。

そのためお殿さまはこの地に「吉生」と名付け、寺も多くの参拝客が訪れるようになりました。

また、毎年正月の祭礼にはたくさんの馬や牛を連れた人々が山の中腹の寺を目指して坂道に列をなしたそうです。

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(あとがき)

ここ峰寺山西光院からの眺めは最高である。
晴れた日には遠く霞ヶ浦の方まで眺めることができる。

この話のお殿様の時代が何時頃の事かはわかりませんが、多くの書物では「小栗判官」といわれています。
もともと小栗は今の旧協和町(現筑西市)の北部にあった小栗城の小栗判官(おぐりはんがん)の伝説の主として伝わっており、今では筑西市では小栗判官と照手姫を題材にした「判官まつり」が行われています。

しかし、この吉生はその他にも安倍晴明誕生の地という話も伝わっており謎の多い土地と言えそうです。

この山を越えた先は真壁の街でもあり、江戸時代なども近くの峠道を牛や馬をひいてたくさんの荷を運んでいたものだと思います。
伝説はこのように生まれてくるのでしょう。

でも話はたったこれだけです。
何故この話が発展しなかったのか、小栗判官や安倍晴明などの話にすり替わって伝えられているのか・・・・ 

誰も知りません。

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石岡地方の昔話 | コメント(0) | 2014/10/18 23:13
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