常陸国分寺の雄鐘と雌鐘伝説(昔話6)

「常陸国分寺の雄鐘・雌鐘の伝説」

石岡でもっとも有名な伝説はこの国分寺の鐘伝説でしょう。

石岡駅は現在駅舎の工事中ですが、駅の下りホームに壁画が描かれているのを駅に来た人は見たことがあるのではないでしょうか。

まず、今回はこの壁画と説明文をそのまま掲載させていただきます。(作画・村岡 将・・・石岡駅壁画)

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昔むかしのある晴れた日。子生の浦(こなじのうら=旭村)の海に、二口の重い釣鐘がポッカリと浮かんだ。

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見つけた漁師は驚き「そうだ。龍宮の女神が、府中の国分寺に寄進なさるに違いない」と、大勢のなかまを呼び集めて釣鐘を引き上げた。これは随分と骨が折れた。

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 釣鐘を運ぶのも大変だった。何日もかかった。田崎(旭村)の橋のそばで突然車の心棒が折れた。それから、この橋を「こみ折れ橋」と云うようになったそうだ。

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やっとのことで府中の国分寺に着き、めでたく雄鐘と雌鐘が鐘楼に吊り下げられた。人々は二鐘がそろったお寺の見事さを誉めたたえた。

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 この国分寺は奈良時代に聖武天皇が全国に建てた寺の一つだ。十年もかかって造り上げられた大きくて立派な建物だった。

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ところが、怪力の大泥棒がこの釣鐘に目を付けていた。ある夜のこと、雌鐘をはずしてとうとう盗んでしまった。

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大泥棒は雌鐘を背負って、高浜街道をひたすら走り、霞ヶ浦の岸にたどり着いた。ここまで来れば安心と舟に乗せた。

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沖に舟をこぎ出すと空はみるみる曇り、雨に風、雷も波も激しくなってきた。そのとき突然「国分寺、雄鐘恋しやボーン」と雌鐘が鳴った。

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これには大泥棒も驚きあわてた。「きっと、釣鐘を盗んだ罰だ」大泥棒は雌鐘を三叉沖めがけてほうりこんでしまった。

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それ以来、国分寺の雄鐘と雌鐘はお互いに引き合い、沖の雌鐘は明けと暮れに「国分寺、雄鐘恋しやボーン」と鳴ったという。

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そして、沖の雌鐘は毎日米一粒分だけ岸に寄って来るが、波やしけのため引き戻されて、今だに岸に着けないでいるそうだ。

     (石岡市史[伝説]より抜粋/作画・村岡 将)

(あとがき)

常陸国国府に建てられた国分寺には雌雄2つの鐘があった。
その一つが盗まれてしまった。

盗んだのは力持ちと言うことで弁慶などと言う話もあるが、盗まれたのは江戸時代初期(寛永16年・1639年頃)に今の恋瀬川の工事のために、この鐘を一つ時を知らせるために工事現場に持ちだしていた。
これが盗まれてしまったという。

最初の頃の子生(こなじ)から鐘を運んだことや、地名として七日ケ原、八日ケ堤、こみ折れ橋などの地名がこの伝説によると鉾田の地方で伝わっている。

この鐘についてはかすみがうら市にはこの鐘を作ったとの伝説あり、何処で制作されたものかはわかりません。

また鐘が沈んだとされる三つ叉沖は霞ヶ浦が土浦入りと高浜入りに分かれる場所で、かすみがうら市の歩崎の沖合になります。流れが急で渦を巻いたりして舟は難所なようです。
この辺りにもこの鐘伝説が伝わっています。

上の話には出てこないが、江戸時代に水戸藩領であった井関の方には、この沈んだ鐘を湖から引き上げようと水戸光圀(黄門)が女性の髪の毛をたくさん束ねて撚った綱で引き揚げさせたが途中で切れたとの話が伝わっています。

話はいろいろなパターンがありそれぞれに面白いものである。

残っていたもう一つの鐘も火事で焼け、小さく鋳込みなおして寺の関係者に配ったと言われています。

いずれにせよ地元に伝わる話として大切に理解しておきたいと思います。
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石岡地方の昔話 | コメント(2) | 2014/09/03 23:06
コメント
綺麗に撮影されましたね(^^
>女性の髪の毛をたくさん束ねて撚った綱

「火天の城」という信長の安土城を築城するストーリーに、女達が、髪を切って、なわないに渡しているシーンに「女の髪を入れてよれば強くなる」というようなセリフがあって、私の中で小ネタとして残っていました。ここでも、それを見て、ちょいと感嘆してしまいました。強い化学繊維が無い頃は、様々、工夫したのでありましょう。

しかし、

>大泥棒は雌鐘を背負って

の絵の雌鐘が大きすぎて、思わず、「おいおい、どないすんねん。」とツッコミを入れたくなるほどでした。お腰がさぞ丈夫だったのでしょう。盗んで何に使う気だったのやら。使い道が気になりますが、溶解して、資源リサイクルしたかったのでしょうかねぇ。こういう伝承話は、動く人間の動機も末路も語らないのが多いですね。

そういえば、牛久大仏の門に、雌鐘があって、参拝者が木槌で敲くことが出来ますが、あれは、ここの絵より小さかったです。あのサイズなら工事現場でも使えそうで、盗んでも行けそうです。あ、盗みませんけど。

記事見せて頂きありがとうございました。
月琴一代さん
> 「火天の城」という信長の安土城を築城するストーリーに、女達が、髪を切って、なわないに渡しているシーンに「女の髪を入れてよれば強くなる」というようなセリフがあって、私の中で小ネタとして残っていました。ここでも、それを見て、ちょいと感嘆してしまいました。強い化学繊維が無い頃は、様々、工夫したのでありましょう。

そうですか。全く知りません。
私は女性の髪の毛の話では新田次郎の書いた「毛髪湿度計」という短編を思い出します。

> しかし、大泥棒は雌鐘を背負っての絵の雌鐘が大きすぎて、思わず、「おいおい、どないすんねん。」とツッコミを入れたくなるほどでした。お腰がさぞ丈夫だったのでしょう。盗んで何に使う気だったのやら。使い道が気になりますが、

確かに・・・ この鐘は結構大きなものだったらしいですよ。この絵のようなものだったと思います。

でも焼けて溶けちゃったなんてね。石岡の国分寺も今では評判もいまいちです。

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