化け鼠と12匹の猫(昔話4)

 昔、今の石岡が常陸の都であった頃、筑波山は多くの民衆の信仰の山でした。
そしてこの筑波山の寺に御参りする人がたくさんおりました。

そんな頃、ある一人の汚らしい身なりをした旅の僧侶が府中街道と呼ばれた道を山から府中(今の石岡)を目指して下りてまいりました。

山の峠(風返峠)を越える頃からあたりは薄暗くなり始めておりました。

ここから府中の街まではまだ大分あるので、旅の僧侶はどこかで今宵の宿を探さねばなるまいと、夕暮れの坂道の途中で野良仕事をしていた村人を見つけて声をかけました。

坊主:見ての通りの諸国行脚をしている旅の坊主であるが、このあたりに泊めてくれる寺などは無いかな

里人:寺はこの先にあるが、もう長いこと無住で荒れ果てております。ここを少し下った先には小幡の街があり、旅籠もありますので、そちらに泊まったら良かろう。

坊主:そのような寺こそ、修行の身のわしが泊まるのにもってこいじゃ

村人に礼を言ってその山寺に泊まることにしました。

たしかに村人がいうように寺は荒れ果てておりましたが、周りは木々に覆われ、静寂な雰囲気の比較的大きな寺であり雨露をしのぐには十分でした。

僧侶は寺に入るとまず、務めのお経を唱え、そして広間に横になり眠ろうと目を閉じてしばらくしてから、自分の所に近づいてくるものの気配を感じました。

僧侶がじっとしておりますと、それは枕元に近づき静かな声でしゃべりはじめました。

「私はこの寺に住む猫でございます。
この寺にはそれは大きな化け物の大ネズミが住んでおります。
そして、このネズミは人を食い殺したりの悪さをしてどうしようもありません。
すでに私の仲間なども何匹か殺されてしまいました。
私もネズミの言うことをきかないと殺されてしまいます。

私一匹ではとても敵いません。
どうかお坊様の力で、他に11匹の猫を集めてきていただきたいのです。
そして私共にお坊様の法力をお授け下さい。
そうすれば12匹の猫でこの化けネズミを退治したいと思います。
どうかお願いします。」

坊主が目を開けるとそこには大きな猫が一匹ちょこんと座っていました。
あまり話が真剣であったので坊主も頷きますと猫はそっと戻っていってしまいました。

そこで坊主は翌日、近くから大きな猫を11匹集め、寺に連れて戻りました。
そして夜になるとまた昨日の猫が現れたので、坊主はすべての(12匹の)猫を並べてお経を唱えました。

猫は親分の猫にしたがって静かに寺の奥の方に消えて行きました。

すると、夜中になり、天井裏や壁の向こうからものすごい大きなうなり声やドタンバタンの大音響が響き渡りました。

これがしばらく続いたのですがやがて辺りは静かになりました。

朝になって見てみると、お寺の中にそれはそれは大きな一匹のネズミと12匹の猫が死んでいました。

僧侶は12匹の猫と1匹のネズミを丁寧に葬って塚を築いたのでした。

このためこの地域を十三塚と呼ぶようになったといわれています。

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(あとがき)

この話は旧八郷地区の果樹園の里と知られた十三塚に伝わるお話です。地元では十三塚の名前の由来を伝えるものとして伝わっています。
ここは万葉の頃の府中街道にあたり、筑波山に徳一法師が中禅寺を建立し、それを取り囲むように配置した四面薬師の一つである山寺(北面薬師)があった場所です。
そのため、現地を訪れ、果樹園の里に吹く優しい風を受けながらこの話を思い出すと、この土地に昔から根付いた話としてとても強い印象を与えてくれます。
伝説を生む地というのはこのような場所なのかもしれないと思えてきます。
十三塚という地名は全国各地にあります。その多くの場所でその名前の謂れが残されています。
その多くは戦で死んだ武士であったり、川でおぼれた子供であったり、戦いに負けた側を支援し殺された地元の名主たちであったりした人びとの墓とされるものが多いようです。
古代の丸い古墳がたくさん集まっているようなところに、そののちに地元に残る悲しい話が加わってお話として残っているのかもしれません。
ここの化け鼠を退治した勇敢な猫たちはどのような話から来たものでしょうか。
昔からネズミは穀物などを食い荒らす敵で、猫はその逆だったのでしょうか。
全国各地に養蚕が盛んになると猫を神様として祀るところが出てきました。
このような事柄も関係しているのかもしれません。
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石岡地方の昔話 | コメント(2) | 2014/09/01 19:17
コメント
ご紹介ありがとうございます
十三塚に関する昔話を紹介していただきありがとうございました。
私(昭和38年生まれ)が小学生のころは、運動会の仮装行列などでこの話を紹介していたので誰でも知っている昔話でした。
しかし、私の子供たちの世代には伝わっていないようなので、文字できちんと残さなければいけないと思っていました。
このサイトは私のHPにもリンクさせていただきたいと思います。
No title
この十三塚の話はそちらの地元の小学生が学校で集めた話としてどこかで読みました。ここに書いたのは私の方で少し手を加えています。昔話は口伝えだったりしていますので時代で変化もします。手を加えることの賛否はあると思いますが変化もないと物語は生き残れないという思いがしています。サイトへのリンクありがとうございます。こちらも後で2つの(主・従)サイトへリンクさせていただきます。こちらのサイトは最近食い物野の話ばかりになってしまいましたので。

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