無駄骨弥兵衛(昔話18)

・無駄骨弥兵衛

 むかしむかし、府中に生活は貧しかったが、こころの真っ直ぐな弥兵衛という百姓が住んでいた。

そして人が困っていることがあると黙っていることができず、誰にでも手助けをする律義な男でした。

あるとき、近くの村に大層嘆き悲しんでいる父子がいることを聞いた弥兵衛は、すぐにその家に出掛けていき、何が困っているかその理由を聞いたのです。

最初は心を閉ざしていた父子であったが、弥兵衛のあまりにも真剣な様子にボツボツとそのわけを話しだしました。

「実は、今日の夕刻までに借金の返済ができないと首を斬られてしまいます。もうお金を用意するあてもないのでこうして泣いていたのです。」 というのであった。

驚いた弥兵衛は急いで家に飛んで帰り、それから頼れそうな親類や知人のところを駆け回って、やっとのことでお金を集めました。

そして「何とか間に合ってくれよ」と祈るような気持ちで、弥兵衛はその父子の家に駆けつけました。

しかし、その父子はすでに処刑された後だったのです。

悲しみにくれた弥兵衛は、その父と子の屍をねんごろに葬いました。

しばらくしてこの弥兵衛の話はあちこちに知れ渡りました。

それから村人達は弥兵衛のことを「無駄骨弥兵衛」というようになったとのことです。

(あとがき)

この物語は読んで少し後味の悪い印象が残ります。
話を聞いた時には宮沢賢治の「雨ニモマケズ」や太宰治の「走れメロス」などを思い浮かべますが、この物語では何を残したいのかが明確に伝わりません。
昔話ですからそれでもよいのかもしれませんが何かスッキリしない物が残ります。

これは題名になっている「無駄骨」という言葉にあるのだと思います。
人のために己の労力をいとわず何かをしようと奔走し、それが結果として達成されなかったとしても無駄にはならないはずです。

この地方に来て感じる利己主義や自分の都合でばかり物事を判断する人々いるとの思いと、この無駄骨話しもどこかでつながっているようにも感じています。
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石岡地方の昔話 | コメント(2) | 2014/11/15 21:43
コメント
No title
こんばんは、
ちょっと通りすがりで
実は、無駄骨弥平の子孫です^^;

その、昔話は知りませんでしたが、
うろ覚えに聞かされたのですが、
舞台を作ったのに完成間近に台風で飛ばされて、
役に立たなくなったり、一里塚を作ったりして
一生懸命、人のために作ったのがことごとく役に立たず
、無駄骨弥平と言われる所以です。

直系ではありませんが、わたしの先祖であることには間違いありません。

お人好しなのかなあ。。とも思います。
わたしも含めて

失礼しました
通りすがりさん
コメントとてもうれしく頂戴しました。

この無駄骨弥平さんの昔話は崙書房の出している「石岡市の昔ばなし」という
仲田安夫さんの書いた本が元なのですが、最近今泉義文(市長のお父さん)氏の書いた
「石岡の今昔」という本に詳しく載っていました。
それによるとこの無駄骨弥平さんの子孫は泉町の福田才助さんだと書かれています。
こちらの御親戚でしょうか?
無駄骨弥平さんは「明治7年内務卿から七等郵便局御用取扱役を申しつけられたとある」
と書かれています。

実際に子孫の方が名乗り出られることなど想像もしていなかったので驚きです。
昔話も伝わるうちに話はいくつにも分かれたりしていくと思います。
今泉義文さんもこの話がお気に入りで自分のことを「無駄骨義」と書いています。
私の女房もこの話を読んで自分は「無駄骨○○さん」と自分の名前を入れて言ったりしていました。
確かに私も無駄骨ばかりです。

また御連絡下さい。

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