国分尼寺の黄金伝説(昔話12)

<国分尼寺の黄金伝説>

 常陸国分尼寺跡の付近の尼寺ヶ原(にじがはら)に「ごき洗い」と呼ばれるくぼ地がありました。
 “ごき”とは、「御器」と書き、 「ごき洗い」は、食器などを洗った池があったためにそうよばれていたものでした。

 時は、天正18年(1590年) 豊臣秀吉より常陸国の統一の朱印状を得た佐竹義宣は水戸城を制圧し、その勢いでここ府中の大掾(だいじょう)氏を攻めました。



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そして周囲の出城や砦などを次々に攻め落とされ、いよいよ本丸の府中城に迫って来ていました。

この攻撃の時に多くの寺や民家に火がつけられ、国分寺、国分尼寺も兵火で七堂伽藍焼失してしまいました。

 国分尼寺では、その火の回りがあまりにも早く、中の大切な宝物などを全て運び出すことは出来ない状況でした。

尼寺ですから力の強い者もおりません。

まず大切な仏像や金と銀で作られた調度品や装飾品などを炎の中からやっと運び出しましたが、これを遠くまで運ぶことなど到底できません。

そこで、これらの宝物が侵略者たちに略奪されないように、全てごき洗いの池に投げ込みました。

その後寺は焼け落ち、たくさんの瓦礫がその池を埋めつくしてしまいました。

また哀れにも尼僧や寺院の関係者は全員がその火炎の焼かれたり、崩れてきた瓦礫の下敷きになって皆死んでしまったと言います。

そのためごき洗いの地中には、黄金が眠っているのだと言い伝えられています。

 江戸時代になり、この話を聞いて、この黄金を彫りだそうとある百姓がここを掘りはじめました。

すると掘っている最中に周りの土が崩れ百姓は、崩れ落ちた土の下敷きになって死んでしまいました。

それ以来、人々は仏罰を恐れ誰もここを掘ろうとはしなかったといわれています。

 朝日さす 夕日かがやくごき洗い 黄金千枚 仏千体

尼寺ヶ原 石見に来れば 道もなし  足にまかせて 尋ねこそすれ

尼寺ヶ原にひそかに言い伝えられた歌です。


(あとがき)

常陸国分寺跡と国分尼寺跡はともに国の特別史跡に指定されています。

この尼寺の黄金伝説も2つのまったく異なる年代の話があります。
一つは上に書いたように府中城の大掾氏が滅びた1590年です。
そしてもう一つが、平将門が常陸国府を襲った934年です。

この将門の襲撃でも多くの寺が焼かれ、人びとが蹂躙され、多くの宝物が奪われました。
この時に宝物をこのごき洗い池に投げ込んだと言われています。

寺はおそらく再建され、その後1590年に焼失して無くなってしまったものと思われますが、資料なども全て焼失しはっきり分かっているものはありません。
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石岡地方の昔話 | コメント(0) | 2014/10/04 20:03

赤マンボウ丼

 前回も来ている銚子の丼専門店「丼屋七 兵衛」(飯沼観音近く)にまた来ました。

前から気になっていた「赤マンボウの漬け丼」を注文しました。

丼屋01

これがマンボウ? どんな味なのでしょうか。

丼屋02

見た目もマグロと似ています。
さて、味ですがこれもマグロとあまり変わりません。
マグロより少しさっぱりした味で、なかなかおいしいです。

丼屋03

この赤マンボウですが水族館でおなじみのマンボウとは違うようです。
俗称で赤マンボウと呼ばれているマンボウに似た形の深海魚だそうです。

これはなかなか美味しい魚です。

丼はワサビと醤油だれに漬けて味付けされているということでそのままいただきました。
丼単品(漬物と食後にくずもちが付きます)で800円です。

近くに来られたら一度お試しください。

銚子周辺 | コメント(0) | 2014/10/05 17:54

丸亀製麺石岡店

 6号国道沿いの讃岐うどんチェーン店の丸亀製麺です。

全国に780店舗もできているそうです。
何しろ安いのでワンコインで考える時に利用しています。
でもそれ程の利用回数でもありません。

丸亀製麺01

先日、近くに来ていたので車を置いて歩いて昼にいきました。

つい先日まで武井壮がコマーシャルをやっている「肉盛りうどん」の旗がたくさん出ていたのですが、この日は「タル鶏天ぶっかけ」の看板があちこちにあったのでこれを注文しました。


丸亀製麺03

基本は冷たいうどんだそうですが、温かくしてもらいました。
トッピングの青ネギを加えてみました。

これにレモンを上から絞って食べるのですが、これが意外にさっぱりしておいしいです。

鶏天も柔らかくジューシーでボリュームもたっぷりでした。
この日はこれで580円です。

丸亀製麺04


丸亀製麺02

この上の写真はその前に行った時(もう1カ月くらい前)に食べた「明太釜玉うどん」で玉子は温泉玉子風の半熟です。
トッピングにアオネギと天かすを加え、出汁醤油をかけて食べます。

気分でいろいろな天ぷらをトッピングしますが、これだけで十分です。(400円)

ベイシア
(ベイシア石岡東光台店、2014.10.3朝 撮影)

さて、355号線の小川街道に大型スーパーマーケットのベイシアが建設中です。
最初の予定では7月末にオープンする計画だったようですが、遅れて今月(10月)下旬のオープンになるようです。
石岡周辺 | コメント(4) | 2014/10/07 19:48

こだわりとんかつ「たやま」

 石岡の旧水戸街道一里塚の近くにあるとんかつ屋さん「たやま」に行きました。

いつもはもう少し安いところが多いのですが、たまにはということで行ってみました。

たやま01

駅からもそれほど遠くなく、きれいなお店です。
そして6号国道沿い(小美玉市)にもう一軒あります。

たやま02

少し高いかなと思ったらそれほど高いお店ではありませんし、リーズナブルだと思います。

「こだわりロースかつ定食」で1350円でした。山盛りのキャベツとご飯のお代わり自由です。
また会計時に次回使える200円の食事券がつきました。

たやま03

この豚は国産の「イセ純生豚つくば」使用だそうです。サクサクで美味しかったです。

たやま04

きれいなお店ですし、サービス券(角煮ラーメングーとの共通券)ももらいましたのでまた来たいと思います。

石岡周辺 | コメント(0) | 2014/10/09 18:58

猪口才(蕎麦処)

 石岡周辺で食べログを検索しているといつも上位に顔を出す「猪口才」(ちょこざい)という蕎麦屋さん。

一度は行ってみたいと昼時を少し過ぎた1時過ぎにお邪魔しました。

6号国道の石岡市役所入口信号を役所と反対側に少し進んだ左側にありました。

手前は時々お邪魔する寿司の美味しい「かねき」があります。こちらは安売りの回転寿司が飽きた頃に時々利用します。

猪口才01

お店はビルの1階。こぎれいな入口です。

猪口才02

中に入ると平日で昼時を過ぎていたためかお客さんはおりませんが、店主ご夫婦笑顔で迎えて下さいました。
カウンター席がL字型に7席。店内にテーブル席6?、

猪口才03

奥に座敷にテーブルが2つあります。

猪口才04

限定食メニューがあります。平日の「昼御前」、休日の「十割そば」 それぞれ10食限定です。

猪口才05

この日は初めてということで「もりそば」(750円)を大盛り(+200円)で注文しました。
ネットで見ていたものより高くなっていたので、消費税で値上げしたのかもしれません。
メニューは税込みです。

猪口才06

大変おいしいおそばです。十割を食べたらもう少しそば粉の味が強くなるのでしょうね。

猪口才07

大盛りなので横から高さを・・・・。

また今度は限定メニューを頂いてみたいと思います。
石岡には美味しい蕎麦屋さんが多いです。

ここは街中のビルですが、八郷地区などは里山の環境と蕎麦が似合います。

観光課では「やさとそば街道」などというパンフレットも作っています。(こちらを参照)
石岡周辺 | コメント(0) | 2014/10/12 07:54

小麦職人(銚子)

 銚子のイオンモールにあるパスタの店「小麦職人」にランチしました。

時々このイオンモールには昼食で立寄ります。

中華であったり焼肉であったり・・・・

この「小麦職人」さんには5~6回くらい来ています。

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たっぷりチーズのカルボナーラのランチです。
サラダと飲物付きで970円(税込)でした。チーズたっぷりで美味しかったです。

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銚子には月に2~3回くらいきています。もう2年以上になります。
魚料理も良いのですが、それ以外も食べています。

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でもこの店もあまりお客さんがいなかったです。時間も少し早かったし平日でしたので。
イオンモールそのものにお客さんが少なかったです。
前は男性が切り盛りしていましたが、今は女性の店員さんです。
笑顔が可愛いです。前は料理の提供時間が遅いと感じたのですが、今回は早かったです。
いつも昼の時間は少なめなのでノンビリはしていられないのです。
注文して10分以上は待てません。

すぐ前にある韓国焼肉屋さんは先月末で閉店になりました。
回転寿司屋ももうだいぶ前に閉店になりました。
結構厳しいですね。

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駐車場に電気自動車の充電スタンドが設置されていました。
60分無料だそうです。
どこのイオンにもあるのでしょうか。
銚子周辺 | コメント(0) | 2014/10/15 23:16

吉生と峰寺山(昔話13)

 石岡市吉生(よしう)には関東の清水寺とも称される峰寺山西光院があり、ここの欄干から八郷盆地から遠くの方まで見渡すことができます。

この吉生(よしう)には、この吉が生まれる場所という名前がついた謂れが残されています。

この寺は筑波山の中禅寺(今の神社や大御堂も基になった寺)を建てた高僧徳一がこの峰寺山の中腹に登った時に西の方に光がさしているのを見つけ西方浄土を祈願してここに寺を建立したという古くからの信仰のあるお寺です。

 いつ頃からのことだかわかりませんが、この寺は馬や牛の無病息災を祈願する信仰がありました。
ご本尊も馬頭観音です。

昔々、ある日ここにお殿様が奥方(妻)と参詣に訪れました。

しかし、上り坂の途中で奥方が急に産気づいてしまい途方に暮れていた時に、村人が近くの清水を汲んで来て飲ませると痛みは治まり、その後無事に安産で元気な子が生まれたのでした。

そのためお殿さまはこの地に「吉生」と名付け、寺も多くの参拝客が訪れるようになりました。

また、毎年正月の祭礼にはたくさんの馬や牛を連れた人々が山の中腹の寺を目指して坂道に列をなしたそうです。

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(あとがき)

ここ峰寺山西光院からの眺めは最高である。
晴れた日には遠く霞ヶ浦の方まで眺めることができる。

この話のお殿様の時代が何時頃の事かはわかりませんが、多くの書物では「小栗判官」といわれています。
もともと小栗は今の旧協和町(現筑西市)の北部にあった小栗城の小栗判官(おぐりはんがん)の伝説の主として伝わっており、今では筑西市では小栗判官と照手姫を題材にした「判官まつり」が行われています。

しかし、この吉生はその他にも安倍晴明誕生の地という話も伝わっており謎の多い土地と言えそうです。

この山を越えた先は真壁の街でもあり、江戸時代なども近くの峠道を牛や馬をひいてたくさんの荷を運んでいたものだと思います。
伝説はこのように生まれてくるのでしょう。

でも話はたったこれだけです。
何故この話が発展しなかったのか、小栗判官や安倍晴明などの話にすり替わって伝えられているのか・・・・ 

誰も知りません。

石岡地方の昔話 | コメント(0) | 2014/10/18 23:13

仏生寺と北向観音(昔話14)

 今から1000年以上前に筑波郡の中心は北条大池のすぐ近くの平沢地区にありました。

一方茨城郡の中心は今の石岡にありました。

そんなある日、都から浄土を求め旅する一人の僧侶がおりました。

北条の平沢から筑波山から東に延びる尾根へ続くくねくねと曲がりくねった山道を汗をかきかき登っておりました。
不動明王を祀る尾根の上に立ち、登ってきた南の方には今まで歩いてきた山や里が見渡すことができました。

僧侶は、まだこれから行く豪華な七堂伽藍や七重の塔がそびえる国分寺のある常陸国国府(石岡)への思いを秘めておりました。

そしてもうすぐ日も落ち始めておりましたので、旅の僧はこの峠から道を一気に下って行きました。

ようやく急な山道も終わりそうになった時に、ふと山の中に光るものが目に飛び込んできました。

不思議に思って光る方に近づいていくと光っていたのは白檀の木でした。

僧侶は思わずその木を削り、そこに新しい仏が生まれたとさとり、時間の経つのも忘れ一つの仏像をこしらえました。
そして一つの堂宇を建てて、その仏像を祀りました。

そして里人に、この地は仏が生まれた地であるから仏生寺となづけてこの大切な仏像を守って行くように話をして去って行きました。

この堂宇が今ある北向観音堂になっていったということです。

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(あとがき)

北向観音の仏像「聖観世音菩薩立像」については色々な説がいわれています。

この観音像は、行基菩薩が奈良から連れて来た稽主勲兄弟の作ともいわれるが、一説には、観音を背負った回国六部がここにきて病にかかったとき、長い間厄介になったある家の主人に観音のご利益を説き、お礼として残したものともいわれています。
石岡地方の昔話 | コメント(0) | 2014/10/20 23:19

萬屋(銚子猿田)-白いそば

 銚子の猿田神社近くに真っ白いソバを出す店があると知って行ってみた。

萬屋(まんや)さんというこの辺りでは唯一の飲食店といった感じの店だが、驚いたことに超人気店のようだ。

雨の降る平日のまだ11時半頃なのでお客さんなどほとんどいないかもしれないと思ったのだがすでにいっぱい。

外には店の横や前の方にも駐車場があって20台以上は止められそうだが、かなりが車で埋まっていた。

中に入ると奥座敷に4人が座れる座卓5つがすべて埋まっており、椅子席も5つあるテーブルも1つしか空いていなかった。

後から来たお客さんは2階にも座敷があるらしく上に上がって行った。

萬屋01

メニューにある天ざるをたのんだ。
出てきたのは真っ白なうどんのような蕎麦。

萬屋02

知らずに来たら間違ってうどんを頼んだのかと驚くかもしれない。
ソバの実の外側の黒い部分をすべて取り除いて挽くとこのようなそばになるらしい。
確かにそばの味だが、蕎麦独特の香りはかなり少なくなっている。これが好きな人も多いのかもしれない。

萬屋03

天ぷらも7種類も付いているしエビ天もある。サクッと揚がっていて美味しかった。
他に比べてもこれもコスパに優れている。人気な理由かもしれない。

萬屋04

「ざるそば」と「もりそば」で30円しか違わないので海苔の量を考えればザルの方がやはり良いし良心的だ。
ただ価格(税込)は消費税UP時に3%位上がったようだ。

萬屋05

お店は昔ながらのお蕎麦屋さんという感じでした。

店内も接客を含めほとんど女性で5人ほどでやっているようです。

神社で特に祭事がなくてもこれだけ繁盛するのも珍しいですね。
これからも頑張って行ってほしいです。

個人的な好みから言えばソバはやはりもう少し香りが強い方が好きです。
銚子周辺 | コメント(0) | 2014/10/24 17:31

小町伝説と北向観音(昔話15)

 ☆ 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

絶世の美女といわれた小野小町も年をとってくるとやはりその美貌も徐々に世間の噂にも上らなくなってきた。

この晩年がどのようであったのか? 土浦市と石岡市にまたがる地方に面白い話が残されている。

小町はもう晩年に近づいてきた頃、昔の美貌もまだ残っておりましたが肌も荒れやはり往年の面影はかなり薄れておりました。
都の占いで、東国に行けば肌もきれいになる場所もありこの世の浄土があると聞いて東国から陸奥国への巡礼の旅をする決心をしました。

生まれが出羽国(秋田)であり、親類も陸奥国にもたくさんいたのでそちらへも行ってみたいと思ったのです。

そして筑波山の麓の清滝観音までやってきました。
しかし長旅がたたりこれ以上先に進むことができず、この村長(むらおさ)小野源兵衛氏宅にてしばらく逗留することになりました。

小町01
(小町の里:裏山の向こうに北向観音がある)

しばらくお世話になり大分疲れも癒され、近くの清滝観音をお参りしたりしておりました。
しかし疲れと長旅の影響で顔にはイボができ、何とも哀れな姿に、村の人びとはこの山を越えた向こう側に病を癒してくれ、イボとりでも効能があると評判の北向観音があることを聞いたのです。
そこはみやこでも有名な高僧行基が彫った観音像があるというのです。

山はそれほど高くは無く小町の足でも何とか登れそうです。

天気の良い日にこの小野村から裏山に登りました。そして反対側の山ふもとにある北向観音に参拝したのです。
途中山の上の石に腰かけ汗を拭いて一休みすると、そこから北向観音までわずかでした。

komachi石
(小町腰かけ石)

お堂の下にはきれいな池や川が流れております。
小町はその池に姿を映し、衰え、イボもある顔をながめため息をつきました。

そして北向観音の観音様に必死にお願いしました。

するとどこか体も軽くなり気分も良くなってきたのです。
その後、下の池に下りて、水を汲んで飲もうと手を水の中に入れました。

小町はそこに映った自分の顔をみておどきました。
あのイボはいつの間にか消え去り、肌のつやも良いようです。

うれしくなり小町はそこの水で顔や肌を洗い穢れを落として、元気になったのでまた山を越えて小野村に戻って行きました。

北向観音は現世の幸せを叶えてくれるとされます。これは仏が北を向くと拝む人は南向きになります。
このため南の天竺の方に願いが届き、現世の御利益が得られると考えられているのです。

すっかり元気になり、小野家での暮らしも長くなり、また陸奥国への旅も続けようか考えるようになりました。

しかし、寄る年なみには勝てないものです。
元慶7年(883年)に69歳で別な病に罹りとうとう帰らぬ人になってしまったということです。

小野家では敷地の近くに小町の墓をつくり毎年供養を重ねてきたと言います。

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(石岡市仏生寺の里山風景)

(あとがき)

小町伝説は日本中の各地に存在します。
小野という名前もつくところが多くあり、そこには何故か小町にまつわる話が残されています。
そして年取っても絶世の美女という設定は変わりません。

しかし、ここに残されているのは同じように絶世の美女ですが、話を読み解いていくとそうではないのではないかと考えられるのです。
この話は、土浦市小野地区に残されたものと、その裏山に小町が山越えした「小野越」や小町が腰をかけた「小町腰かけ石」などの地名が残されており、北向観音のある石岡市仏生寺地区に残された話を統合しています。

少し勝手に解釈を加えていますが、話も決まった一つではないのでこのような解釈もあるとお考えください。
石岡地方の昔話 | コメント(0) | 2014/10/25 23:42
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