蝉の大冒険

 梅雨が明けたある夏の暑い朝、いつものように車で出勤しようと家を出発した。

しばらく走っていると何やら左側の窓の外からこちらをじっと窺う視線を感じた。

そこには一匹のアブラゼミが窓から頭だけを少しだしてじっとこちらを見つめていた。

「おやセミさん。そんな所じゃ危ないから早くどこかに飛んで行きなさい。」

と僕は心の中でセミに呼びかけた。

セミはどう思ったのか、窓枠にじっとつかまっていた身体をゆっくりと前の方に移動し始め、ドアミラーのポールをゆっくりと上の方に登りはじめました。

しかし、車は走っているので風が勢いよくセミの身体に吹きつけ、羽根がブルブルと震えています。

そのため上に登ることをあきらめたのか後ずさりして、また元の窓枠に懸命にしがみつきました。

「セミさん。このままそこにつかまっていると、これから遠く離れた所に行ってしまうよ。
友達や仲間たちと離れ離れになってしまうよ。早くそのポールから足を離してどこかに飛んで行きなさい。
そうして、短い夏の命を存分に楽しむがいい。」

それがわかったのかセミはしばらくこちらの様子を眺めておりましたが、スピードを落とした時に飛び立って行きました。

そこには月見草の花がたくさん咲いていました。

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7年程の間暗い土の中で、モグラの攻撃におびえながらやっとこの明るい太陽のもとにでて来たのです。
わずか数週間の命が燃え尽きるまで存分に歌い、楽しんでください。

今年の夏は梅雨明けまでほとんどセミの声を聞きませんでした。
でも梅雨明けと同時にニーニーゼミ、アブラゼミが昼間騒がしく鳴いています。

朝は森でヒグラシが鳴きます。そこに混じってミンミンゼミも鳴き出しました。

もう少ししたらツクツクボーシが「おしい!おしい!おしいよー!」と夏を惜しんで鳴く事でしょう。

蝉は羽根があるから自由に何処までも飛んでいけると思いがちですが、その行動範囲は比較的狭く、1~2kmくらいらしいのです。このセミさんも仲間のもとへ帰れたでしょうか。
それとも新しい地で恋人を見つけたでしょうか。

ある夏の日の小さな出来事でした。

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アブラゼミの抜け殻

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ニーニーゼミの抜け殻
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小さなおはなし | コメント(0) | 2014/08/11 17:47

セミとアリ

 イソップ童話(寓話)のイソップ(アイソーポス)は紀元前6世紀頃のギリシャの人で身分は奴隷だった言われています。

寓話が得意で名をなしたそうですが、こんなに昔の人ですから、今伝わっているものは後に編集されたものでしょう。

日本には豊臣秀吉の時代になった1593年に宣教師によって翻訳され、江戸中期に一般庶民にも広がりました。

このお話の中の日本では「アリとキリギリス」で知られる寓話の元の話は「セミとアリ」だそうです。

セミがあまりいないイギリスやヨーロッパでキリギリスやコガネムシに変わり、日本にも伝えられました。

しかし日本に最初に宣教師から伝えられたのは「蝉と蟻の事」となっておりセミだったのです。

天草本からこの「蝉と蟻の事」を少し載せて見ます。
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 ある冬の半ばに蟻どもあまた穴より五穀を出いて日に晒し、風に吹かするを、蝉が来てこれを貰うた。
蟻のいふは、「御辺は過ぎた夏、秋はなに事を営まれたぞ」。
蝉の云ふは「夏と秋のあひだは吟曲にとり紛れて、すこしも暇を得なんだによって、何たる営みもせなんだ」という。
蟻「げにげにその分ぢゃ、夏秋謡ひあそばれたごとく、今も秘曲を尽されてよからうず」とて、さんざんに嘲り、すこしの食を取らせて戻いた。

下心: 人は力の尽きぬうちに、未来の務めをすることが肝要ぢゃ。少しのちからと閑あるとき、娯楽(なぐさみ)を事とせう者はかならず後に難を受けいでは叶ふまい。
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しかし、もともとの話は蟻は蝉に食べ物を与えていない話なのです。
これを最後に「すこしの食を取らせて・・」というのは当時も宣教師たちが最初に紹介した時に、この話では日本人に受け入れられないといわれて変更した物らしいのです。

ギリシャ語の比較的原本に近い訳を探してみました。

「冬になって、穀物が雨に濡れたのでアリが乾かしていますと、おなかの空(す)いたセミが来て、
食べ物をもらいたいと言いました。
『あなたは、なぜ夏の間食べ物を集めておかなかったんです?』『暇がなかったんです。
歌ばかり歌っていましたから』と、セミは言いました。
すると、アリは笑って言いました。
『夏の間歌ったなら、冬の間踊りなさい』」
(河野与一訳『イソップのお話』岩波少年文庫)

この上の話は教訓として
「つらい目や危ない目に会うのが嫌だったら、どんな時にも、いざという時の備えをしなければいけない」
となります。


さて、フランスの17世紀の詩人「ラ・フォンテーヌ」が、このイソップの寓話やインドの寓話を基にして独自の寓話集を書いています。

19世紀の画家「ドレ」の挿絵の本から紹介します。

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80話以上の話が載っていますが、そのトップバッターがこの「せみとあり」です。

夏のあいだ歌い 暮らしたせみは、
冬の北風が吹きだすと 何の貯えもなくなってしまった。
はえやうじ虫の ほんのひとかけらもなくなってしまった。
そこで、隣のありのところに 飢え死にしそうだとと訴えた、
お願いだから、命をつなぐために 来年の夏が来るまで
なにか穀物をめぐんでほしいと。
せみは言った「虫の名誉にかけて 八月までには、元金に利息をつけて必ずお返しする」
しかし、ありは貸すことの嫌いな虫。
ものを貸さないのがありのたった一つの欠点だ。
「暑い頃には何をしていたの?」
ありは借りにきたせみにこうきいた。
「夜も昼も、遊びにきた連中に歌を きかせておりました。怒らないでね」
「歌っていたって? それはお楽しみなこと、だったら、今度は踊ったらいい」

このラ・フォンテーヌの話には最後に教訓はありません。
借り手のセミが利息まで付けるから貸してくれと言っているあたりが大いに違っています。

ここではアリは「けちな奴」で、セミが悪ものと言うことは受け取れない。

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この寓話が今でもフランスなどでも読み継がれています。

この寓話は奴隷であったギリシャ時代のイソップの時代を考えて見ましょう。
何を言いたかったのでしょうか。

貴族たちが大切な国の財産を遊びに使って巨額のパーティや見世物に現を抜かしていたものを批判したのでしょう。

そのため、アリは裕福に遊んでいた者が困ったからと言って恵んでやることはしないのです。

そして、ヨーロッパに広まってもこのアリはセミに餌を分け与えたりしません。
フランスやドイツなどでは「自分の事は自分でやらなければならない独立の心(自助努力)の考え方が大切なのだ」と教えるのです。(想像)

このため自助努力もしない者に援助をするなんてとんでもないと思うのです。

さあ、これを日本の小学校低学年の道徳の授業に取り上げられたらどうなるでしょうか。

「アリは,暑い夏のあいだ働き、セミは,歌を歌っていた。アリは、セミの歌声に励まされ、せっせと食べ物を運んだ。
寒い冬が来くと、おなかのすいたセミは、アリに助けを求めにきた。
セミは、みんなのために歌を歌っていて、食べ物を集めることができなかったという。
アリの家には、たくさんの集めた食べ物が積んであった。
アリは、セミに食べ物をあげようか迷ってしまった。」

 さあこれはどんなお話ですか?

子供達はセミさんがかわいそうだから、きっとアリさんはセミさんに食べ物を分けてあげたよ。
アリさんは良い人で、かわいそうなセミさんを助けてあげるんだよ。

みんなもアリさんのように一生懸命働いて、困った人を助けて、みんな仲好くして行きましょうね。

となる。

日本のものは「アリのように勤勉に働く事が良いことで、セミ(キリギリス)のように怠けていてはそのうちに困ることになるよ」ということをはなしの教訓とし、この話が使われるようです。

本当にそれで良いのでしょうか? 結構こんな短い話でも奥が深いですね。

安倍首相は小中学校で「道徳」の時間を正規授業に取り入れる方針のようです。
さて、どのようになっていくのでしょうか。
学校の教師も大変ですね。

世の中には様々な価値観があると言うこともちゃんと教えてほしいと思います。
そうでないと海外の様々な人種と交流していくのにも支障がでてきそうに思います。
小さなおはなし | コメント(0) | 2014/08/12 20:34
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